芸術文化ってこういうことか
2025年10月19日 北コミュニティの視聴覚室、今日はここでラジオドラマの収録を見学させてもらうことになった。
このラジオドラマは今回で4回め。市民の方々に芸術文化に親しんでもらうための試みであるとのこと。
この見学をする前、私には、なぜ芸術文化に親しむのがラジオドラマにつながるのか、そして、ラジオドラマとは何だという疑問が頭から消えなかった。
視聴覚室に集まっていたのは講師の方を入れて13名。男性が6名、女性が7名という構成で、マイクを中心にみんなの顔が見えるように円形に座っている。年齢層は幅広いが、40代50代が多い。
さて、収録がはじまった。全部で11の話。すべて彼ら彼女たちがここに昔から住み経験したエピソードをドラマ仕立てで創作したもの。昔から住んでいる私にとっても馴染み深い話が多く、大いに楽しませてもらった。
約40分の収録を終え、皆さん満足した笑顔で、私も惜しみなく拍手をおくった。
一息ついた私は、当初疑問に感じていたラジオドラマを作ることと、芸術文化に親しむという2つの事が、なるほどこういうふうに結びつくのかと腑に落ちたのだ。
ここに来ている13人の方達は決して演劇畑の人ではない人。暇を持て余している人でもなく、用事の合間に時間を作って参加しているのだという。この方達は、この街が好き、そして、ラジオドラマを作りたいというより、地域に根ざした社会貢献をしたい、誰かの役に立ちたい気持ちがあり、自分ができる役割を演じることこそ自分自身の幸せであり生きがいになるのだということを知っている方達なんだなと改めて思ったのです。
専門家が制作したものを鑑賞するだけが芸術文化に親しむということではない。要するに、人間の精神的な豊かさと、地域社会の持続的な発展を支える土台になるものこそ芸術文化に親しむということであり、それは地域の構成員である我々一人一人が意識をもってみんなで作り上げていくことこそ文化(カルチャー)を楽しむ、文化に親しむだと改めて思ったのです。
このラジオドラマの制作は、1回目は話題の収集、2回目が脚本作り、3回目が台本の完成と収録というたった3回のワークショップで作られたものですが、一般の素人がこんな短期間でこれだけ質の高いお話を作り、演者にもなれるという、芸術文化って高尚なものではなく、私達でもこれだけのことができるんだと知ることができる良い機会でした。
レポーター:くもくも
レポーター講座
元々文章の読み書きが好きな筆者は「芸術文化についてレポートする」という趣旨の元、全4回ある「ツナグト」の講座の第2回目に参加した訳だが「北コミの別のフロアで『わたしが知っている大野城のはなし』というラジオドラマ作りをしているので、その模様を文章に書き起こして下さい。」と講師に言われたので部屋を移動した。
老若男女問わず人数も10数人で何やら台本らしき物を皆で読んでいるのだが、劇団員なのか?と思いそうなほどストーリー作りもしっかりしていて、各々の台詞も感情がこもっていた。
その中でも印象に残ったのが3〜4つあり、まず紹介するのが消防団員やPTA役員を掛け持ちさせられるお話。根本的に人と関わるのが好きで頼まれると断れないタイプの男性なのでついつい「あれやってくれ」「これやってくれ」と言われ安請け合いしてしまうのだが、軽快でコミカルに語るからなのか困りつつも仲間と楽しくかつ真剣に取り組んでいるような雰囲気だった。
次に紹介するのが、牛頸という地名を誤解してしまった女性のお話。確かに牛頸という地名は初めて聞く人には少し悍ましい雰囲気があり、一体誰が作ったのか分からないような怪談話もたくさんある。それを同級生との会話も交えて面白おかしいストーリーに仕上げているので、聞いていてさほど怖さは感じない。友人がその誤解を解いてくれて本当に良かった。
その次に紹介するのが、小学校時代に博多弁の「遊んじゃらん」の意味が分からず孤立してしまった女性のお話。まあこれは転校した経験のある人には割とありがちな話で、両親に聞いても博多の出身でなければ正確な意味は分からなかっただろう。お父さんが同級生の誰かに傘が勝手に折られてしまう対応策として20本も買ってくれたお陰で、いじめ問題が万事解決して皆と仲良くなれた。太っ腹な方だ。
最後に紹介するのが、旦那を亡くした女性のバトン講師のお話。辛い想いからか一時休業していたが、生徒である子供達が「また一緒にやりたい」と励ましてくれた。「三月、三月」と繰り返し表現されていたのが散文詩のようなリズムで、その言葉が出る度にまるで野原に桜が咲き始めるようであった。
以上の様な実話を交えたストーリーが全部で11種類ほどあり全て紹介すると膨大な量になるので割愛するのだが、どれもとても面白かった。筆者はラジオドラマ作りのワークショップがある事も事前に知っていたのだが、まさかこのような形で関わる事になるとは。残念ながら幼少期を大野城で過ごした訳ではないので、参加者達のように珠玉のエピソードを何一つ披露できないのが大変残念。生まれ故郷の清川での出来事ならたくさんあるので、まずは区役所か公民館辺りにでも掛け合ってみるか。
レポーター:えこ
※本記事の情報は2026年3月26日時点のものです