わたしが知っている大野城のはなし 東地区の巻
「わたしが知っている大野城のはなし」のワークショップが始まったきっかけは、栄町公民館の区長さんだったそうだ。当時、栄町区は公民館の大規模改修を前にしており、これまでの栄町区とこれからの栄町区をみつめなおす内容として、区民のみなさんの日々をラジオドラマとして制作することはどうだろうかという話があがり、昨年度の南地区、今年度の東地区の開催へと繋がったのであった。
進行役の古賀今日子さん、田坂哲郎さんを中心に7人の東地区の住民の方々が集まり、できるだけ日常に近い形で「わたしが知っている大野城のはなし」をラジオドラマ形式で紡いでいく。12月に3回のワークショップがあり、最後3回目の「ラジオドラマの創作と発表」を見学した。
東コミュニティセンターの会議室で、7人は半円を描くように座っており、真ん中には録音装置がある。1回目から製作・推敲してきたであろう台本を手に、一人ひとりが「わたしが知っている大野城のはなし」を発表していく。小さい頃からずっと住んでいる方もいれば、他の地域から引っ越して来られた方もおり、視点は様々であった。しかし、四王寺山や近くの神社、地元の学校など、共通の話題もあがる。一番印象的な話は「ゴリラ山」であった。まどかぴあの3階から東の方向を見ると、ゴリラの横顔のように見える山があり、住民には親しみを込めて「ゴリラ山」と呼ばれている。山としての正式名称ではないが、東地区の方々にとっては日常の風景である。そこに一人ひとりの人生の話が彩りを添える。とても素敵な時間が流れているのを感じられ、温かい気持ちになった。
このワークショップで録音された内容は、後日インターネットで配信されるそうだ。自分たちが作った「おはなし」が色々な人に聴いてもらえるのも、とても嬉しい体験だと思う。
同じ大野城市民として、東地区のことはほとんど知らなかったことに気づくと共に、東地区のことをもっと知りたい、足を運んでみたいと思った。同時にこのようなワークショップに参加することで、同じ地区の方と知り合えたり、自分がこの地区でどういうことを感じながら生きてきたのだということを再確認できる場でもあったり、私も参加してみたいと思った。
レポーター:舞子
YouTubeでラジオドラマを聴いてください(手作りラジオドラマ 3回目)
◎ラジオについてちょっと調べてみたら?
戦後アメリカベースキャンプが近かった大野城は、FEN(極東放送、改めAFN)の英語ラジオ放送を、真空管ラジオでも感度よく聴ける地域だった。
FENの人気番組にキャンプ隊員が、本土家族へ送る手紙の朗読やリクエストコーナーがあった。
ラジオからアメリカの最新情報や音楽を、大野城では毎日聴けたのだ。
同じ頃隣町で海援隊の武田鉄矢も聴いていた。
◎ドラマの形式を調べてみたら?
毎回オムニバス形式にまとめられ、市民から見た町の状況や、家族の成長などの変化を物語にしている。
◎YouTubeで1回目のドラマを聞いてみたら?
ひとつの物語を紹介する。
昭和20年代家賃が3千円だった頃、ベースに貸すと3万円になった。その額は、給与数ヶ月分に当たるので、大家さん達はベースへの賃貸を思案する。
しかし、当時の人は見たこともない、「水洗トイレ常設条件」がある。
設計図も写真も無い、10m以上の下水道設備が必要なのだ。
そんな状況でも大家さん達は情報を集め知恵を出し、調達し設置した。
しかし下水道管はすぐに破裂してトラブルの連続.....。
続きはドラマをお聴きいただきたい。
◎3回目の東コミュニティドラマは?
令和6年12月22日、ドラマ収録のワークショップが開かれた。
東コミュニティセンターの近くに住む7名が進行役2名と一緒にドラマ台本を作り、勿論7名も出演している。
窓を開けるとゴリラ山が見える研修室で、出演者がマイクを囲み収録開始。
爽やかなメロディーが流れ物語は進み、ゴリラ山・四王寺などの地名や方言が登場すると、私は楽しく親しみを感じた。
◎収録後のワークショップ振り返りでは?
収録体験の緊張感から解放された、皆さんの声ははずみ、笑顔は素敵だった。
浮かんでは消し、消えては浮かぶセリフ作りの苦労が、私には伝わってきた。
進行役である古賀さん(こがきょ)は、ドラマ作りのプロセスについて、「住む人に聞く大野城の魅力発見連発です」と話した。
◎3回目のドラマ配信予定は?
市のホームページにて公開後、YouTubeで配信予定とのこと。
現在も1回目、2回目はYouTubeで聴けるので、「大野城」「ラジオドラマ」で検索し、たくさんの人に聴いてほしい。
レポーター:かわたくん
「わたしが知ってる 大野城のはなし 東地区の巻」を観て
日本最古の山城「大野城」がねむる四王寺山の麓に広がるまち、東地区。このまちで起きた面白いこと、些細なこと、大切なこと。いつもの暮らしの中のいろんな出来事を持ち寄って小さなラジオドラマを作ります。
このフレーズを読んでみて、みなさんは大野城の東地区でどんなドラマが繰り広げられるのか想像できますか?
ワークショップの開催期間は、令和6年12月15日、12月21日、12月22日の3日間。
3日目の13時からラジオドラマの創作発表が行われました。
進行役は俳優の古賀今日子さんと田坂哲郎さん。
たった3日間でラジオドラマを作り上げていきます。
進行役を任された古賀今日子さんは、大野城市が発行する「芸術文化×○○『やりたい!』がとびだすハンドブック」の中で、このワークショップについて、「みなさんが語ることに対して、それは正しい事実か?という判断をしないことにしました。そうすることで、語る人のプレッシャーを軽くし、ゆるやかな対話の場が作られたようです。」と語ります。
ラジオドラマの語り部は全部で9人。
①たかした ②あかいだ ③ペンギン ④こがきょ ⑤とらちゃん
⑥マッキー ⑦たさかし ⑧まはさん ⑨たえちゃん
9人がひとりひとり順番に大野城市東地区について語ります。
それぞれの語りに、いろんな角度から言葉がクロスして、状況にあわせた音楽が流れ、ひとりひとりの想いが伝わってきます。
★幼い頃の思い出・青春時代を語る⑥マッキー⑧まはさん⑨たえちゃん
マッキーは、大野北小に通っているとき、ゴリラの横顔に似ている通称ゴリラ山を見て登校していたが、卒業して大野東中に通い始めると、山が近すぎてゴリラの顔に見えなくなった。別の中学に通う友達にはゴリラ山がどう見えるのか、聞いてみたいとずーっと思っていた。
まはさんは、お父さんと愛犬で四王寺山に登る時、早道するために藪の中の獣道を歩いたことが一番の思い出。大人になって登ってみると、整備された道には5月の心地よい風が吹いていた。
たえちゃんは、小学校入学時にひとりで登校できなくて、四王寺山を見ながらおかあさんと登校していた。今は娘のあこちゃんが、四王寺山に見守られながら、大丈夫だよって小学校に登校している。
★若かりし頃の思い出を語る⑦たさかしは、このワークショップの進行役、そして俳優であり劇作家
青春時代に6人でハイエースに乗り込み、四王寺山へ向かって曲がりくねった道を深夜にドライブ。その先の神社の石段を現在の妻とふたりで歩き、おみくじを引いたことが大切な思い出。
★現在大野城で働く①たかした⑤とらちゃん
たかしたは、9年前に仕事探しで大野城にやって来た、アジアからの留学生を教える先生。アパートの窓からは四王寺山が見え「長く住むほど東地区の良さが感じられる」と言っている。
とらちゃんは、娘のりっちゃんを保育園に預けて仕事に向かうワーママ。坂が主役の通勤路にコンビニで買ったミルクティを飲みながら、ゴリラ山を見上げ癒され、「今日も終わった。明日もガンバロー」とひとりつぶやく。
★東地区でボランティアや実行委員に関わる②あかいだ③ペンギン
あかいだは、四王寺山の山城の保護にまつわる実行委員をしている。四王寺山をこよなく愛し、真っ赤に染まる大文字まつり、真っ白な冬の雪山、満月のスーパームーン、美しい四王寺山をみんなに紹介したい。
ペンギンは、市職員といっしょにイベントに関わり、コミュニティバス(お元気号)の車内やおしゃべりワークショップにチラシを置いてもらえるよう活動している。同じく、四季折々に変化する四王寺山をこよなく愛す。
★元々は大野城に縁もゆかりもないが…ラジオの進行役④こがきょ
俳優であるこがきょは、東地区のことを知りたくてまちを歩く。歩いて体で感じる。乙金公園の巨大すべり台が東地区のシンボルと言っているが、四王寺山に登ることを密かに目論んでいるのだろうか。
以上、9人の大野城市東地区に対する想いはさまざまで、幼少期から社会人の現在まで、みんな違っているけれど、共通点は四王寺山!ゴリラ山!
生活の中に山があり、四季折々に変化する四王寺山の裾野に広がる東地区を各自がこよなく愛していると感じました。
ラジオ配信で聴いた方には、語り部の顔の表情やしぐさが見えない。
だけれども、声のトーンや話し方、流れる音楽、聴こえてくる耳からの音だけで、四季折々に変化する四王寺山、角度によって見えるゴリラ山や東地区のまちの風景や暮らしが見えてきます。
そして、やさしい気持ちになることを、ラジオドラマ初体験の私が保証します。
なお、東地区のラジオドラマは編集後YouTubeで配信予定です。
この機会に、小さなラジオドラマを体験してみませんか?
レポーター:ぐるぐるYOU